ごえんをつなぐコラム

失敗した事業がやめられない心理的な理由を考える

DATE21.07.05

皆様、こんにちは。資格の学校TACで、企業経営アドバイザー検定試験の対策講座講師(担当:企業経営・生産管理)をしている、中小企業診断士の三枝元です。

今回は、見込みがない不振の新規事業(新製品・新サービス)をだらだらと続けてしまう理由について考えてみます。

 

■埋没費用の罠

次のケースを考えてみてください。

「ある新製品の開発に5年をかけこれまで10億円投入した。しかしながら予定が遅れ、完成するには追加で3億円の費用がかかる。一方、需要予測を見直したところ、売上は2億円しか見込めないことが判明した。ではこの新製品の開発を進めるべきか?」

いうまでもなく開発は中止すべきです。開発コストが回収できないからです。これまでかかった10億円は既に支払い済みで回収不能な費用です。これを埋没費用(サンクコスト)といいます。意思決定では埋没費用は無視するのが原則です。

しかしながら、人には「既に時間と費用を費やしあと一歩まできたのだからなんとか完成させたい」という心理が働きます。要は「今までの努力がもったいない」というわけです。新規事業の場合も同じで、「これまで時間と労力を費やしてきたのだからそれをムダにするのはもったいない」「もしかしたら費用を回収できるかもしれないから、もう少し様子を見よう」ということになりがちです。

ちなみに上のケースで、売上が5億円見込めるとしたらどうでしょうか?この場合は新製品開発を進めるべきです。中止すればこれまでの10億円の損が生じますが、進めれば8億円の損で収まるからです。同様に埋没費用の10億円は無視して考える必要があります。8億円の赤字だからやめるわけではない点に注意してください。

 

■保有効果

保有効果(授かり効果)とは、自分が所有するものに高い価値を感じ、手放したくないと感じる現象のことです。保有効果は、「自分が持っているものに惚れ込んでしまう」「手に入るかもしれないものではなく、失うかもしれないものに注目してしまう」ことから生じます。

新規事業も同様で、自分が手がけたものだと過度に惚れ込んでしまい、冷静な判断ができなくなります。

 

■損失回避傾向

総じて人は利益が出ることの喜びよりも損失が出た場合の苦痛の方が大きい傾向があります。多くの人が、苦痛(支払い)は喜び(報酬)の2倍大きく感じるといいます。

不振の新規事業を撤退すると損失が確定し、さらに撤退のための新たな費用が発生します。人間にはこうした損失を過度に嫌う傾向があるのです。「一気にまとまった額の損失を発生させるより、少しずつダラダラと垂れながしていったほうがマシ」というわけです。

 

■適切な損切りのために必要なこと

それでは不振の事業を適切なタイミングで損切りするためにはどうすればよいのでしょうか。

まず考えられるのは、新規事業の企画段階で事業評価のタイミングと評価基準について決めておくことです。たとえば「スタートアップが半分過ぎた段階で需要予測や発生コストを見直し、事業開発を進めるか判断する」「事業開始後、2年以内に黒字化しなければ撤退する」といった具合です。状況は当初の想定から変わるのが普通ですから、評価のタイミングは複数設けるべきでしょう。

また事業の企画者(実行者)と事業の評価者を分ける必要があります。企画者は自分の事業に過度に入れ込んでいますから、なかなか失敗を認めようとしません。よって事業の評価は別の人間が行うことが望ましいのです。

通常は社長が新規事業の評価を行うかと思いますが、問題なのは社長肝いりで始めた新規事業です。こうなると社内で撤退を具申する人は出てきにくいでしょう。そのような事態を避けるためにも、事業の企画段階で評価のタイミングや基準を明確にしておく必要があるのです。

企業経営アドバイザー検定試験講座講師
三枝 元

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