先人から学ぶ地方創生の姿~小田原から
DATE18.11.05
前回のコラムで大阪滞在時に感じた先人から学ぶべきことについて記載したが、大阪からの帰路、江戸時代に地方創生に取組んだ先駆者、二宮尊徳の生家がある現在の小田原市の二宮尊徳記念館を訪問してみたが、ここにも沢山の学ぶべきことがあった。
二宮尊徳は1787年(天明7年)小田原市栢山(かやま)に生まれた。実際にこの地に足を運んでみると、酒匂(さかわ)川の氾濫など自然災害との戦いの中で、二宮尊徳がいかに社会の変革に貢献したのかを感じることが出来る。小学校で見かけた尊徳像は、農村復興や農民救済の指導者としてのイメージが強いが、それだけではなく独自の手法で諸藩、諸家の財政再建にも尽力し成功した功績がある。その手法とは、「報徳仕法」と呼ばれ、道徳と経済が融合した社会の実現を目指したもので、その根本が「分度」と「推譲」という考えだ。
「分度」とは、収入や能力には限度(天分)があり、それに応じた限度や基準のことで、この基準を認識して収入に見合った支出を行なうことで、必ず余裕が生まれる、という考え方で、「推譲」とは分度によって生まれた余力を自分の将来や社会のために譲ることをいう。現代風に言えば、収入に見合った支出を決めることで黒字体質にし、余剰の資金をもって地域活性化に活用するということになる。
1814年(文化11年)には現在の信用組合と同様の「五常講」制度を作ったと言われているが、五常とは人として行なうべき五つの道で、仁・義・礼・智・信のことで、五常を互いに実行しあうことで、信頼が保たれ、貸金の返済可能性が担保されるというものだ。
まさしく道徳と経済の融合で、1864年に世界初の信用組合がドイツで誕生したようだが、五常講は50年も早く誕生していたことになる。
二宮尊徳の教えには、これらの他にも「一円観・一円融合」「天道・人道」「積小為大」というものがあり、現代社会に生きる私達でも学ぶべきものがあることに気付かされる。小田原市教育委員会では、このような教えや彼が残した功績をしっかりと後世に伝えてゆくために、「二宮金次郎物語」という教科書(小冊子)を制作し、小学生の教育に活用している。今回訪問した二宮尊徳記念館の1階のロビーには、子供たちが行なった研究発表の資料など、地元の小学生の行った学習の成果物が小学校単位で展示されていた。二宮尊徳を研究し敬愛する子供たちの中から、次世代の社会改革を担う人材がきっと誕生してくるものと思う。
一時は二宮尊徳像も減りつつあったが、最近は少しづつ増えているようである。地方創生の祖としての功績が再評価されて来たからではないだろうか。二宮尊徳は1856年(安政3年)日光地方の復興事業の最中に70歳で没したが、並々ならぬ思いや熱意というものがなければ真の地方創生は成し遂げられないことも、後世に伝えてゆかねばならない。
一般社団法人日本金融人材育成協会理事
飯田 勝之