人とは何なのか~「金融排除」(橋本卓典著・幻冬舎新書)から
DATE18.09.18
橋本卓典氏はベストセラー「捨てられる銀行」「捨てられる銀行2非産運用」(講談社現代新書)の著者でもあり、2作では金融機関の抱える問題について示唆に富んだ内容を書かれている。「金融排除」のタイトルも前2作に続いて非常に鋭利なインパクトが感じられるものだが、著者ご自身が最後に、「人とは一体何なのか」を書いている、と述べられている通り、金融と言う枠組みを超えた核心にアプローチされた奥深さを感じずにはいられない。
「金融排除」という言葉は、2016事務年度の金融行政方針の中で金融庁が「日本版金融排除」という用語で初めて言及したものではあるが、海外では人種差別などによる取引拒絶を行なうというもので、”排除(exclusion)”には非常に強い語感がある。
この何ともいえない語感の中で、登場するのは、地方では名の通った事業者であったり金融機関の人たちであるが、それぞれの立場で、あるいは生き様の中で道を切り開いていった実際の物語はどれを取ってみても感動や共感を呼ぶものがある。例えば愛媛県今治市のタオルメーカーであるIKEUCHI ORGANIC代表の池内計司氏の物語、青森県弘前市のクラフトビール醸造所の創業者で元米兵のギャレス・バーンズ氏や彼に寄り添って創業を支援したみちのく銀行の小山内創祐氏の物語には心を打たれる。シンガーソングライターでもある銀行員の小山内氏がギャレス氏に贈ったという自身の代表曲「種」は、YouTubeで何度も聞いてみた。「悲しみを知るたび、与えられる種がある。君は願うだろう。その種を蒔く人、そうであれよ。希望の種。涙が落ちた場所だけに、咲く花があるんだよ。」この一節には心を動かされる。ほかにも地方銀行、信用金庫、信用組合、信用保証協会の職員の方々が金融を通じて所謂「共通価値の創造」に向けて誠心誠意取組んでおられる姿が浮き彫りにされている。
2017年11月には金融庁の遠藤俊英監督局長(現金融庁長官)がIKEUCHI ORGANICの池内代表を三井秀範検査局長(現企画市場局長)がクラフトビールのギャレス氏を訪問し直接話を聞かれたそうだ。金融行政のトップの方々がこのように現場の状況を直接ヒアリングされるのも異例なことだと思うが、むしろそのような対話の姿勢こそが大事だということを自ら示されている点では、これもまた注目すべきエピソードだ。
排除でなく包摂(inclusion)を実践し共通価値の創造、ひいては地域経済活性化を実現するには、金融マンや銀行員の立場を超えた、人としての心が通い合う対話ができてこそ、はじめて可能となるのではないだろうか。AIが金融の世界をも席巻しつつある時代において、まさしく、人とは一体何なのかを考えさせられる一冊である。
一般社団法人日本金融人材育成協会理事
飯田 勝之